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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)78号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人佐藤利雄辯護人大類武雄上告趣意書 一、原審(東京高等裁判所)が判示第一の(一)に於て被告人佐藤が高橋浜五郎、同啓司方で昭和二十年十二月十九日夜(1)被告人川口行雄同島森統司及び川口民五郎と共謀の上同人等から金員を喝取しやうとして戸外から(2)「ソンナ奴ハ吹キ飛バセ、粉ニシテ仕舞ヘ、只デ置クナ」と怒鳴った事実を認定したそしてその證據としてはa右(1)の事実は第一審裁判所での第二回公判調書中被告人佐藤の供述をb右(2)の事実は川口民五郎に對する司法警察官の昭和二十二年三月七日附聽取書中同人の供述として金錢喝取に際して被告人佐藤が高橋浜五郎方戸外で「ソンナ奴ハ吹キ飛バセ、粉ニシテ仕舞ヘ、只デ置クナ」と騒いで居たとの記載及びc原審證人高橋浜五郎の原審公廷での「昭和二十二年十二月十九日の夜十一時頃川口民五郎、佐藤利雄、川口行雄、島森統司等が私方に來訪し恐ろしい權幕で怒鳴り立て毆りでもしさうなので怪我をしてもつまらないと思ひ止むなく同人等に現金五仟圓を出した」との供述を採用してゐるが以上の證據採用は刑事訴訟法の應急措置法第十條後段並びに同法第十二條前段に違反してなされたものである其理由は第一、前記(1)の事実(殊に共謀の點)を認定したaの證據は被告人佐藤の供述でそれは自白であるそしてこれ以外に(1)の事実を認定する證據がない他の原審判示證據は(1)の事実認定には關係がないそれで「何人モ自己ニ不利益ナ唯一ノ証拠ガ本人ノ自白デアル場合ニハ有罪トサレナイ」と云ふ前記法律第十條後段に違反して有罪と事実を認定したこと第二、前記(2)の事実を認定したbの證據は川口民五郎に對する司法警察官の聽取書で川口民五郎は裁判前死亡して第一審裁判所公廷にも原審公廷にも被告人或は證人として出廷させて同人を訊問する機會を被告人佐藤は遂に持つことが出來なかった前記法律第十二條に依れば證人その他の者の供述を録取した書類を證據とするには被告人の請求あるときは被告人に對しその供述者を公判期日に於いて訊問する機會を與へなければならないのが原則になってゐるのに川口民五郎の死亡によって被告人佐藤はこれが出來なかったそれで原審は原則として採用することの出來ない證據を證據として採用した違法がある但し同條は例外としてそれを證據として採用することの出來る場合を規定してゐるがこの場合には裁判所はこれ等の書類についての制限及び被告人の憲法上の權利を適當に考慮して證據としなければならぬことになってゐるさうであるのに原審は右の二ツの點を考慮した事実がないといふのは川口民五郎の前記聽取書には相當に虚僞の供述があって(例へば豫審で免訴された山本幾造方の恐喝事件で被告人佐藤に不利なことを供述してゐる點及原審で無罪と認定された真壁春義に對する恐喝事件で被告人佐藤に不利なことを供述してゐる點)これのみを證據として採用するのは甚だ危險であるにも拘らずこれを採用したからである原審は前記(2)の事実認定にはcの證據を採用してゐるがこの高橋浜五郎の供述は記録により明かである通り當夜被告人佐藤が戸外におったと云ふことは川口民五郎等が高橋より金錢を喝取して恐喝が終ってから佐藤が戸内に入って行ったので初めて知ったのが或は川口等が恐喝行爲中知ったのか不明であるこの點は原審は審理してゐないさうとすれば前記(2)の事実の認定にはbの證據が唯一の證據となるのであって尚更前記法律第十二條の例外の場合として證據に採用するのは餘りに原審は獨善的であって同法の立法の趣旨に違反する以上の樣に原審は判示第一の(一)で被告人佐藤の恐喝罪の成立を認定してゐるのは法律に違反してなされた證據の採用によって爲したものでこの點に於て原審判決は當然破毀を免れぬものである。と云うのであるが、

日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第十條第三項の規定にいわゆる自白の中には公判廷における自白を包含しないものと解すべきである。(昭和二十二年十一月二十一日言渡最高裁判所同年(れ)第一〇七號事件判決參照)ところで、所論の第一審第二回公判調書記載中の被告人の供述は公判廷における自白に外ならないので、原判決が判示共謀の點を認定するにつき、この自白を採って以って唯一の資料に供したとしても、毫も、右の規定に違反しないものと云わなくてはならない。次に、原判決が川口民五郎に對する司法警察官の聽取書を證據として援用し、しかも、その川口民五郎が原審公判當時既に死亡していたことは、記録に徴して明かである。しかし、原判決が右聽取書を證據として援用するにつき、日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第十二條第一項但書の趣旨に從ひ同項本文に規定する制限及び被告人の憲法上の權利を適當に考慮したものと解するのが相當で、又右聽取書に記載する供述の内容が虚僞であることを疑わせるような廉もないので、原判決が右聽取書を證據として援用した措置を目して違法とすべき謂われはない。論旨はすべて理由がない。

被告人小林快造辯護人竹村川二上告趣意書原審は判示第一ノ(二)ノ事実ニ對スル證據説明トシテ「一、被告人小林快造ノ當公廷ニ於ケル判示關係部分ニ付同被告人ガ宜灣工員ノ音聲ヲ真似タリトノ點ヲ除キ判示同趣旨ノ供述一、證人真壁勇ニ對スル豫審訊問調書中同人ノ供述トシテ判示ニ照應スル恐喝被害顛末ノ記載ヲ綜合シテ之ヲ認メ」ト説示シ又判示第三ノ事実ニ對スル證據説明トシ「一、被告人小林快造ノ當公廷ニ於ケル判示同趣旨ノ供述一、證人真壁勇ニ對スル豫審訊問調書中同人ノ供述トシテ判示ニ照應スル窃盗顛末ノ記載ヲ綜合シテ之ヲ認メ」ト説示シタリ然レドモ右供述ハ被告二百日ノ不當ニ長ク拘禁サレタル後ノ自白ニシテ之ヲ斷罪ノ資ニ供シ罪證トシタルハ違法ニシテコノ點ニ於テ破毀ヲ免レズト思料スと云うのであるが記録を精査してみるに被告人は昭和二十一年三月十六日から同年十二月二十六日(第一審の判決宣告の日)まで勾留されていたことを知り得るのであるが、本件事案の性質その他諸般の事情にかんがみて、該勾留をもって不當に長い拘禁とすることができないのみならず、原判決が被告人に對する事実認定の證據として採用している被告人の供述は、既に右の拘禁を解かれた後の原審公判におけるそれであるから、原判決の右採證上の措置はいさゝかも日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第十條第二項の規定に違背するところはない。論旨は理由がない。

被告人川口行雄辯護人齋藤淳一上告趣意書第一點原判決は適法な證據に據らずして犯罪事実を認定した違法がある。即ち原審は被告人川口行雄に對する犯罪事実を認定するに當って原審第二回公判調書(第一審の意である)中被告人川口行雄の供述として判示同趣旨の記載と、原審證人高橋浜五郎の證言とを以ってした。尤も原判決によると被告人島村統司の當公廷に於ける供述並に原審(第一審)第二回公判調書中被告人佐藤利雄の供述も綜合認定の一資料として採用されているが之は各当該被告のみに關する部分丈に限定されて居り被告人川口行雄に關しては、特に除外されている。そこで原審(第一審の意)第二回公判調書の記載を調べてみると、その六五七丁表に「問、此の事実は如何、此の時豫審終結決定第一の事実を讀聞けたるに、答、御読聞けの通り相違ありませぬその事情も前に申述べた通りです」とある。是以外に本件犯罪事実の全部を認定出來る記載はない。例へば、本件犯罪の場所である横浜市戸塚區瀬谷町六四二五番地、本件犯罪が共謀共犯である點等はこの記載によってのみ認定出來るに過ぎない。然るにこの第一審の第二回公判調書のこの記載丈けでは獨立して右事実を認定出來ず、同調書の引用してゐる前記豫審終結決定書の記載と相俟って始めて右犯罪事実を認定出來るものである。然るに原審公判調書をみると、右豫審終結決定書について證據調手續を履踐した事実を證する記載はない。從って原判決は適法の證據調を經てない證據で被告人川口行雄に關する判示事実を認定した違法がある。(註大正十三年十二月十二日大審院第一刑事部決定集第三卷八八一頁參照)と云うのである。

そこで、まず原判決が被告人に對する事実認定の證據として採用している第一審第二回公判調書中の被告人の供述記載の内容を該公判調書を繙いて検討してみるに、裁判長は被告人に對し豫審終結決定書を読聞け、被告人はこれに對し「お読聞けの通り相違ありませぬ」と供述した事実あることを知り得るし、又原審公判調書の記載する所によって、原審が證據調手續を履踐した證據書類の範圍を精査してみると、その中に豫審終結決定書が含まれていないことを知り得る。しかし、前記第一審第二回公判調書の記載する所によると、裁判長は右豫審終結決定書の外、更に被告人に對する豫審訊問調書をも読聞け、被告人はこれに對し「お読聞けの通りです」と供述した事実あることが明かであって、しかも、原審公判廷における證據書類に對する證據調手續は、右豫審訊問調書に及んでいること、原審公判調書の記載によって瞭乎たるものがある。然り而して右豫審訊問調書の記載内容によって被告人の第一審第二回公判における供述の如何なるものであったかを具體的に知り得る以上、たとえ前記豫審終結決定書の記載に相俟たなくとも、既に右第一審第二回公判調書中のこの部分の記載はそれ自體において形式的證據力を具有するものと云わなくてはならない。しかもその記載内容によれば同被告人の犯罪事実は全部認めることができるのであるから、原判決がこの調書記載を採って以って被告人に對する斷罪の資に供したとて、毫末も違法でない。從って、論旨は理由がない。

同第二點原審は憲法によって被告人に與へられた證人訊問權に關する規定に違反した違法がある。即ち日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第十二條第一項前段の規定によると証人その他の者(被告人を除く)の供述を録取した書類又は之に代るべき書類は、被告人の請求があるときは、その供述者又は作成者を公判期日に於いて訊問する機会を被告人に與へなければこれを証拠とすることが出來ないと規定してゐる。共同被告人として同一の公判期日で審理を受けるときは同法第十一條第二項の規定で被告人は裁判長に告げて共同被告人……を直接訊問することが出來ることから思い合せると右第十二條に所謂「証人その他の者(被告人を除く)」の中には審理を分離された被告人も包含される。換言すれば角弧の中の被告人は被告人自身並に審理を同じうする共同被告人のみを指稱し、それ以外の被告人を包含しないと解すべきである。ところで本件に於いて共同被告人として起訴されたが後審理を分離されて豫審で公訴棄却となった川口民五郎について、同人の供述録取書類は本條の規定で被告人の請求があるときは民五郎を公判期日において訊問する機會を與へなければ右書類を證據とすることが出來ない。この意味で原審第二回公判調書八四二丁裏以下に裁判長は證據調を爲す旨を告げ一、第一公判調書記載の各證據二、第一回公判調書の各要旨を告げ添付圖面並押收物件は之を展示し右各個の證據について其の取調を終る毎に被告人等に對し意見辯解の有無を問い且利益となるべき證據あらば提出し得る旨並に供述者作成者を證人として訊問することを得る旨を告げたるに被告人等は孰れも無之旨を答へたりとあることによってこの民五郎に關してもこの中に含まれ之を證人として訊問する機會を與へられたものと思はれる。而るに記録第三四五丁の書面によると同人は昭和二十一年四月二十二日死亡したことが判る。しかしこの書面は證據調をしてないし判決にも引用してない。尤も原審の判決によると、その理由の冒頭に「第一、被告人佐藤利雄、同小林快造、同島森統司及同川口行雄は豫てからブローカー川口民五郎(昭和二十一年四月二十二日死亡當時四十五年)の許に出入し居たる者なるが」と認定しその證據として「判示冒頭の事実は川口民五郎に對する司法警察官の昭和二十一年三月七日附聽取書中同人の供述として判示同趣旨の記載に依り之を認む……」と記載してあるが同聽取書によっても民五郎の死亡の事実は認定出來ぬ。從って右調書によって考へると、裁判所は既に死亡した者をも證人として訊問出來る機會を與へたことになると謂ふ不合理を敢へて犯し更に被告人佐藤利雄に關する分であるが犯罪事実の認定資料として前記聽取書を引用している。斯くの如き場合に於てはこの死亡の事実を證する書面を證據として取調べ川口民五郎は此の通り死亡したから、同人を證人として訊問することは出來ぬ旨を告げ納得せしむべきである。特に本件に於ては同人は記録上明かな通り主謀者であり他の者を犯罪に引込んだ事実に徴すれば同人、を證人として訊問出來るか否かは重要な點である。憲法三十七條第二項によると「刑事被告人はすべての證人に對して審問する機會を充分に與へられ……」と規定している。原審が敍上の樣に民五郎死亡の事実を公判廷に於て示さず漸く生きている者として訊問の機會を與へたのは事実に反し不能の訊問の機會を可能の樣に與へたもので審問する機會を充分に與へられることを保證する憲法の精神に違反するものと云ふべきである。敍上の事由によって原判決は破毀せらるべきであると云うのである。

おもうに、原審が川口民五郎に對する司法警察官の聽取書を本件の證據としたこと、同人は被告人等と共に共同被告人として本件公訴の提起を受けたのであるが、豫審繋屬中に死亡したことは所論のとをりであるが、右聽取書については、原審公判において、被告人等から其書類の供述者として川口民五郎の訊問を請求した形跡もないので、原審が公判において特に被告人等に對し同人死亡の事実を告げなかったとしても、既に被告人佐藤利雄辯護人の上告論旨について説明したように、原審は日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第十二條但書の趣旨に從って、適當の考慮をした上で右の聽取書を證據としたものと解するのが相當であるから、辯護人主張のような違法はなく、論旨は理由がない。

被告人石塚正徳辯護人松本重夫上告趣意書第一點原判決ハ重要ナル事実ヲ誤認シタル結果法ノ適用ヲ誤リタル違法ノ判決ナリ、原判決ハ其ノ事実理由ノ第二ニ於テ「被告人石塚正徳ハ終戰後定職ナカリシ爲儲ケ口ヲ求メントシテ友人篠田昇ト共ニ被告人島森統司ノ紹介ニヨリ前示川口民五郎方ヲ訪レタル際同人ヨリ横浜市戸塚區瀬谷町六千九百三十八番地山本幾造カ終戰ノ際海軍ヨリ多量ノ生地類ヲ入手シ居ルニ依リ同人ヨリ生地類ヲ喝取セムコトヲ申聞カサルルヤ之ヲ承諾シ茲ニ右民五郎、篠田ト共謀ノ上昭和二十年十二月二十一日頃ノ夜先ツ篠田ト共ニ右山本方ニ到リ山本幾造ヲ呼出シネルヲ要求シタルモ應セサル爲篠田ニ於テ「無イコトハナイ手前ノ所デモウント掻拂ヒヤガッテ何ンダ」ト申向ケ居タル折柄豫テノ策謀ニ基キ偶然同所ヲ通リ掛ケタル風ヲ装ヘル民五郎カ右幾造ニ對シ「何ウシタノデスカ」ト言葉ヲ掛ケタルニ同人ハ豫テ民五郎ト知合ヒナル關係上民五郎ノ出現ニ稍勢ヲ得タル態度ヲ示シタルヨリ被告人石塚正徳ハ幾造ニ對シ「何ヲ云ッテヤガルンダ終戰肥リシヤガッテ打ッタ斬ルゾ」ト申向ケ所携ノ刃渡リ約三寸ノ小刀ヲ示スヤ民五郎ニ於テ之カ仲裁ニ入ルモノノ如ク装ヒ幾造ヲ同人方屋内ニ誘ヒ同人ニ對シ「怪我ヲシテモ詰ラヌカラネルカ何カアッタラ少シヤッタラヨカロウ」ト申向ケ因テ幾造ヲシテ右仲裁ニ應シ被告人石塚等ノ要求ニ應セサルトキハ同人等ヨリ如何ナル危害ヲ加ヘラルルヤ計リ難キ旨畏怖セシメ以テ同人ヲシテ即時同所ニ於テネル一卷羽二重二卷及現金五百圓ヲ川口民五郎ノ手ヲ經テ被告人石塚等ニ交付セシメテ之ヲ喝取シ」ト判示シ川口民五郎(以下民五郎ト畧記ス)篠田昇(以下篠田ト畧記ス)及上告人石塚正徳(以下上告人ト畧記ス)カ豫メ山本幾造(以下山本ト畧記ス)ヨリ金品を喝取セムコトヲ謀議シ然ル後篠田及上告人ノ両名カ先ツ山本方ニ到リ同人ヲ戸外ニ呼出シテ脅迫中民五郎カ豫テノ策謀ニ基キ偶然同所ヲ通リ掛ケタル風ヲ装ヒテ介入シ言ヲ仲裁ニ籍リ相共ニ山本ヲ脅迫シ前記金品ヲ喝取シタルモノナリト認定シタリ然レトモ右認定ハ審理不盡ニ基ク誤認ニシテ民五郎、篠田及上告人ノ三名間ニ何等喝取ノ謀議無カリシコトハ勿論篠田及上告人ニ關スル限リ終始喝取ノ意思ナク山本ヨリ生地類ヲ安價ニ讓受ケント交渉中民五郎ノ出現ニヨリ山本ノ態度急變シ高壓的ニナリタルニヨリ激怒シ茲ニ生地類ノ讓受ヲ斷念シ暴言ヲ吐キ脅迫的行爲ニ出テタルモノニシテ單ナル脅迫ニ過キサリシモノナリ尚上告人ノ入手シタル金品ハ民五郎ヨリ贈與ヲ受ケタルモノニシテ犯罪ノ嫌疑アリトセハ賍物収受ナリ以下其ノ事由ヲ詳述スヘシ一、民五郎カ雑談ノ末山本家ニ關シ篠田及上告人ニ云ヒタル言葉ハ「山本幾造方ニハ終戰ノ際海軍ヨリ手ニ入レタ生地類ガ沢山アルカラ行ッテ讓ッテ貰ヒ」トノコトノミナリ、篠田及上告人カ民五郎方ヲ訪ネタルハ本件記録ニヨリ明白ノ如ク全ク生地類闇取引ノ手蔓ヲ求ムル爲ナリ篠田ハ民五郎ニ面識アレトモ上告人ハ初對面ナリ右面會ハ昭和二十年十二月二十一日ノ夕刻ニシテ場所ハ上告人ニ對スル檢事聽取書第三項記載ノ如ク岩本峯吉方表口屋内土間爐ノ周圍ナリ其ノ際同所ニ居合セタル者ハ島森、川口(行雄)、佐藤利雄(以下佐藤ト略記ス)、川口(博)等ニシテ事ノ真相ハ雑談ノ末民五郎ヨリ篠田及上告人ニ對シ「山本幾造方ニハ終戰ノ際海軍ヨリ手ニ入レタ生地類ガ沢山アルカラ行ッテ讓ッテ貰ヒ」ト云ヒ次テ島森、川口(行雄)、川口(博)ノ三名ニ對シ「町内ノ此ノ二人(篠田及上告人)ヲ山本方ニ案内シテヤレ」ト指示シタルノミナリ夫レ以上何等ノ謀議ナシ此ノ點(喝取ノ謀議)ニ關シ民五郎ハ警察官及檢事ノ強制處分請求ニヨル判事ノ訊問ニハ之ヲ認メ(但シ強制處分請求事実ハ相違ナシト一言ノミ)求豫審後ハ自殺シタル爲訊問ハナク篠田ハ警察官ニハ認メタレトモ檢事ノ強制處分請求ニヨル判事ノ訊問ニハ之ヲ否認シ何等斯ル謀議ナク民五郎ノ言ヲ信シ山本ニ交渉セハ安價讓受可能ト輕信シ同人ニ交渉シタレトモ拒絶セラレタルニヨリ憤怒シ暴言ヲ吐キタルニ過キスト辯明シ第一審公判ニ證人トシテ喚問セラレタル際ニモ同趣旨ノ證言ヲ爲シ上告人ハ警察官、檢事、第一審公判ヲ通シテ之ヲ認メ控訴審ニ於テ始メテ否認シ篠田ト同趣旨ノ辯疏ヲ爲シタリ尤モ上告人ハ第一審公判開廷前当辯護人カ横浜刑務所ニ於テ面接シ何カ記録ノ記載ト真相トニ相違アリヤト訊ネタルニ何等ノ謀議ナク喝意ナカリシモノカ真相ナルモ警察官ヨリ民五郎カ既ニ喝取ノ謀議ヲ陳述シ居ル故謀議アリタルニ相違ナシト強硬ニ詰問セラレ止ムナク之ニ從ヒ真意ニアラサル陳述ヲ爲シ記載セラレタリト述ヘタモノナルユヨリ當時ノ接見書ニ其ノ旨ノ記入アルヘシト思料セラルルニ付御取寄ノ上御檢閲願ヒタシ而シテ同所ニ居合セタル島森、川口(行雄)、川口(博)等ノ此ノ點ニ關スル記載ヲ本件記録に付檢スルニ斯ル謀議ノアリタル事実ヲ認ムルニ足ル何等ノ記載ナク寧ロ無カリシコトヲ推知シ得ヘキ記載アリ(島森ニ對スル警察官聽取書第十五項)佐藤ハ警察官及檢事ノ強制處分請求ノ判事ノ訊問ニ於テ認メ(但シ強制處分請求事実ハ相違ナシトノ一言ノミ)タレトモ求豫審後ハ之ヲ否認シタリ而シテ篠田ハ強制處分請求以來否認シタル爲不起訴トナリ佐藤ハ求豫審後否認シタル爲豫審免訴トナリ獨リ上告人ノミ第一審公判迄認メタル爲有罪トナリ実刑ノ判決ヲ言渡サレタルニアラスヤト思料セラル若シ前記謀議アリトセハ殊ニ篠田ニ於テ不知ノ筈ナク又島森、川口(行雄)、川口(博)等ニ於テモ本件記録ニヨリ明白ノ如ク既ニソレ以前ニ民五郎ト共ニ恐喝行爲ヲ敢行シ居リタルモノナルヲ以テ上告人ノ本件行爲ニモ當然參加シ賍品ノ分配ニ預ル筋合ナルニ斯ル事実毛頭ナク單ニ篠田及上告人ヲ山本方ニ案内シタルノミニテ直ニ夫々自宅ニ歸リタルモノナリ民五郎ハ本件記録ニヨリ推察セラルル如ク策謀ニ富ミ計畫的ニ敢行スルコトニ興味ヲ持チ寧ロ之ヲ誇リトスル恐喝ノ常習者ナリ察スルニ同人ハ島森ヨリ篠田及上告人ノ両名ヲ原町田ニ於ケル羽振リノ良イ青年ト紹介セラレタルニヨリ両名ノ欲スル生地類ヲ與ヘ軈テ両名ヲ自己ノ配下ニ置カント思惟シ山本ヨリノ入手方法ヲ獨斷ニテ案出シ篠田及上告人ヲ巧ニ欺キ計畫的ニ実行シタルモノナルヘシ佐藤ニ對スル第二回豫審訊問六問答中ニ「……民五郎ト一緒ニ岩本方ニ行キマスト石塚ヤ篠原ガ居テ今晩ハ御苦労サント云ヒマシタ私ガ何ンダト聞イタトコロ民五郎ガ山本ノトコロノ事件ヨト云ヒマシタソレデ俺ヲ騙シタノカト云フタトコロマーイイヂャナイカト云ッテ居リマシタ」トノ供述記載アリ佐藤ハ當時四十二才而モ民五郎トハ幼少ヨリノ知合ニシテ殊ニ昭和十九年五月ヨリハ親交アルモノナリソノ佐藤ニシテ斯ク欺カレタ點ヨリ觀ルモ初對面而モ青年ナル上告人カ欺カレルハ寧ロ當然ナリ本件記録ヲ精査セハ民五郎ハ本件以外ノ他ノ公訴事実ニ關シテモ原審相被告人等ヲ巧ニ欺キ計畫的ニ喝取行爲ヲ敢行シタル點尠カラスアルコトヲ明認シ得ヘシ本件ニ付民五郎カ警察官及檢事ニ對シ前掲喝取ノ謀議ヲ陳述シタルハ恐ラク外形カ如何ニモ謀議ニ基ク所爲ト思料セラルル爲警察官カ其ノ先入觀念ニヨリ民五郎ヲ誘導的ニ取調ヘ同人亦敢テ自己ニ不利益ナルコトニアラサルヲ以テ容易ニ之ニ應シタルモノト推察セラル、二、上告人ノ本件所爲ハ脅迫罪ナリ恐喝罪ニアラス、前記ノ如ク篠田及上告人ハ民五郎ノ言ヲ信シ山本ニ交渉セハ安價ニテ讓受ケ可能ト輕信シ山本方ニ到リ上告人カ山本ヲ戸外ニ呼出シ静ニ其ノ交渉ヲ爲シタルモノナリ戸外ニ呼出シタルハ元ヨリ闇取引故山本方家族ニ知ラシメサルヲ同人ノ爲有利ト思料シタルニヨルモノニシテ他意ナシ然ルニ豫期ニ反シ山本カ容易ニ應セサル爲前掲原判決第二ノ事実理由ノ一部記載ノ如ク篠田カ黙シ兼ネ「無イコトハナイ手前ノ所デハウント掻拂ヒヤガッテ何ンダ」ト暴言ヲ吐キ居リタル折柄其處ヘ意外ニモ民五郎、佐藤ノ両名カ通リ合セ「何ンデスカ」ト言葉ヲ掛ケタルニ山本ハ民五郎及佐藤トハ同村ノ關係上知合タリシヲ以テ味方ヲ得タリト誤信シ態度ヲ一變シ反抗的ニ出テタルニヨリ上告人ハ先程島森ヨリ原町田ノ羽振リノ良イ青年ト云ハレ紹介セラレタル矢先其ノ親分肌ノ民五郎ノ面前ニ於テ山本ノ反抗ニ弱音ヲ見セテハ自己ノ顔カ立タストノ青年特有ノ心理ニ捕ハレ茲ニ生地類ノ讓受ヲ斷念シ専ラ單ニ脅シツケ自己ノ威力ヲ示ス目的ニテ偶々持チ合セ居リタル果物用ナイフヲ示シ「何ヲ云ッテヤガルンダ終戰肥リシヤガッテ打ッタ斬ルゾ」ト放言シ脅迫シタルモノナリ此ノ點上告人ニ對スル第一回豫審訊問ノ第八問答中ニ「……篠田ガ近付イテ來ルト殆ンド同時ニ其處ヘ川口民五郎ト佐藤ガ來テ相手ノ人ニ「什ウシタノデスカ」ト訊ネマシタ、相手ハ川口等ト同ジ土地ノ人デスカラ顔見知リデシタ、今此ノ人達ガ來テグズグズ云ッテルトコロダト強ク出テ來マシタノデ私ハムットナッテ「何ヲ云ッテヤガルンダ終戰肥リシテヤガッテ何ニガグヅグヅダ打ッタ斬ルゾ」ト云フテ飛行服ノ右側ポケットニ入レテアッタナイフヲ取出シテ刃先ヲ前ニ出シテ相手方ヲ脅シマシタ」トノ供述記載及上告人ニ對スル第一審公判調書中ニ右ト全ク同趣旨ノ供述記載並ニ上告人ニ對スル控訴審ノ公判調書中ニ「……山本ハ知ッテル二人ガ來タノデ民五郎ニ對シ私達ノ事ヲ此ノ人達ガ生地ヲ讓レト云ッテ來タガ無イト返事ヲシタノダト強ク出テ來タノデ私ハ川口等ノ前デ小サク見ラレルノガ癪ニ障ッタノデカットナリ「何ニヲ云ッテヤガルンダ終戰肥リシヤガッテ打斬ルゾ」ト持ッテ居タ刃渡三寸ノ小刀ヲ突付ケテ脅シタノデアリマス、私ハ初メ讓受ケル心算ダッタノデス又文句ヲ云ッタ時モ脅シテ居ル心算ハアリマセンデシタ」トノ供述記載尚其ノ際篠田ハ金一千圓、上告人ハ金二百圓ヲ現実ニ所持シ居リタル事実等ニ各徴スルモ明認シ得ヘシ、三、篠田及上告人ノ入手シタル金品ハ民五郎ヨリ贈與ヲ受ケタルモノナリ、篠田及上告人ハ山本ト交渉中介入シタル民五郎、佐藤ノ両名ヨリ「マー待ッテ居レ」ト云ハレ之ニ從フヤ右両名ハ山本ヲ誘ッテ屋内ニ入リ軈テ民五郎カ現ハレ上告人ニ對シネル一卷羽二重二卷ヲ手交セルニヨリ之ヲ預リタルニ尚待テトノコト故右品物ヲ篠田ニ預ケ一足先ニ去ラシメ引続キ待チ居リタルニ間モナク民五郎カ現ハレ上告人ニ對シ之ヲ持チ行ケトテ金五百圓ヲ手交セルニヨリ之ヲ預リ岩本峯吉方ニ戻リ先行ノ篠田ト共ニ民五郎等ヲ待チ受ケタルニ暫クシテ民五郎、佐藤ノ両名カ戻リタリ篠田及上告人ハ預リタル金品ハ何レ民五郎カ如何ニカシテ山本ヨリ入手シタルモノ故民五郎ノ所有ニ歸シタルモノト信シ其ノ全部ヲ同人ニ提供シタルニ意外ニモ同人ハ「之ヲ御前達二人ニヤル」トテ惠與シ呉レタルニ依リ受取リ分配シ各歸宅シタルモノナリ從ッテ若シ犯罪ノ嫌疑アリトセハ賍物収受ナリトス、四、原審ハ審理不盡ナリ、前叙ノ如ク本件ハ篠田ノ喝意否認ニヨル不起訴佐藤ノ喝意ノ否認ニヨル豫審免訴アリタル特異ノ事案ナルヲ以テ控訴審ニ於テハ上告人ノ喝意否認ヲ重視シ其ノ真否ヲ確メル爲職權主義ヲ原則トスル刑事訴訟法ノ精神ニ從ヒ進ンテ篠田、佐藤、島森、川口(行雄)、川口(博)ヲ訊問シ真相ヲ把握スヘカリシニ拘ラス毫モ之ヲ爲サスシテ僅ニ第一審公判ニ於ケル上告人ノ供述及被害者ノ證言ノミニヨリ喝意ヲ認定シタルハ明ニ審理不盡ノモノト謂ハサルヲ得ス、五、原判決ハ法ノ適用ヲ誤リタリ、以上ニヨリ明白ノ如ク上告人ノ本件所爲ハ脅迫罪ニシテ恐喝罪ニアラス從テ刑法第二百二十二條第一項ヲ適用スヘカリシモノナリ然ルニ原審ハ審理不盡ニヨリ前記重要事実ヲ誤認シタル結果本件ヲ恐喝罪ニ問擬シ之ニ刑法第二百四十九條第一項ヲ適用シタルモノナルヲ以テ法ノ適用ヲ誤リタルモノト謂フヘク原判決ハ先ツ此ノ點ニ於テ破毀ヲ免レサルモノト信ス。と云い、

同第二點假ニ前掲第一點カ原判決破毀ノ理由トナラサルモノトスルモ原判決ハ刑ノ量定甚シク不當ナリト思料スヘキ顕著ナル事由アリ、原審ハ上告人ニ對シ懲役一年未決勾留二百日通算ノ判決ヲ言渡シタリ然レトモ右判決ハ次ノ如キ諸多ノ事情ニ鑑ミ量刑著シク過重ナリ、一、上告人カ山本ニ示シタルナイフハ刃渡リ約三寸ノナイフナリ、當時上告人ハ時折長野縣下ニ林檎ノ買出シニ行キ居リタルモノニシテ右ナイフハ皮剥キ用トシテ偶々ポケットニ携帯シ居リタルモノナリ刃渡リ約三寸ニ過キサル小ナイフニシテ脅迫用ニハ適セサルモノト思料セラル、二、本件ノ主犯ハ民五郎ナリ、民五郎ハ當時分別盛リノ四十五歳ニシテ相當ノ資産ヲ有シ月収モ二、三萬圓アリ裕福ノ生活ヲ爲シ居リタルモノナリ然ルニ進ンテ徒黨ヲ組ミ其ノ首領トナリ自ラ計畫的恐喝ヲ案出シ之ヲ敢行スルコトニ興味ヲ感シ誇リトシタル常習者ナリ上告人ノ如キハ其ノ附和隨行ニ過キス民五郎ナカリセハ本件犯行ナシソノ民五郎ハ自己ノ責任ヲ痛感シ上告人等ニ對スル處分ノ寛大ヲ念願シ遂ニ自殺ヲ遂ケタルモノナルヲ以テ上告人等ニ對ス處刑ニ付テハ此ノ點御留意アッテ可然シト思料ス、三、上告人ハ山本ヲ生地類多量ノ不當入手者ト速信シタルモノナリ、山本カ果シテ海軍關係ヨリ生地類ヲ不當ニ入手シタリヤ否ヤ其ノ真相ハ不明ナレトモ上告人ハ少クトモ民五郎ノ説明ニヨリ山本ヲ不當入手者ト信シ本件所爲ニ出テタルモノニシテ斯ル疑ナキ普通人ニ對スル犯行ト大ニ其ノ趣キヲ異ニス當時軍關係物資多量ノ不當入手者ニ對スル世論囂々ニシテ殊ニ上告人ノ如キ若キ歸還兵ハ之ヲ憤激シ居リタルモノナリ、四、上告人ノ犯行ハ本件一回ノミナリ、上告人ニハ前科ナキハ勿論起訴猶豫等更ニナシ本件後檢擧セラル迄滿二ケ月アリタレトモ其ノ間民五郎トノ交遊全然ナク又不良ノ所爲毫モ無カリシモノニシテ斷シテ常習者ニアラス、五、山本トハ示談濟ナリ、上告人ハ痛ク自己ノ犯行ヲ悔悟シ寛兄清次ト共ニ山本方ニ赴キ衷心ヨリ謝罪シ且相當金員ヲ供與シ示談ヲ遂ケタルモノナリ、六、上告人ハ本件ノ爲既ニ滿十ケ月ノ長期ニ亘リ拘禁セラレタルモノナリ、上告人ノ本件事案ハ前敍ノ如ク頗ル簡單ナルニソノ取調ハ警察署豫審ヲ通シ拘禁実ニ滿十ケ月ノ長期ニ亘リタルコトハ新憲法施行後ノ今日ヨリ觀レハ正ニ驚クヘキコトナリ未決呻吟十ケ月ノ辛苦ヲ営メタルモノニシテ既ニ他戒自戒ノ目的ヲ達シタルモノト謂フヘシ、七、上告人ニ對スル處刑ハ篠田ニ比シ酷ニ失ス、本件記録ニヨリ明白ノ如ク、山本ニ對スル脅迫ノ所爲ニ付テハナイフノ點ヲ除キ上告人ト篠田トノ間ニ何等ノ差異ナク賍品ノ入手ニ至リテハ篠田ハ金一千三百圓ト羽二重一卷(但シ六尺短キモノ)ナルニ反シ上告人ハ金八百圓ト羽二重六尺ニ過キス両者何レモ青年ニシテ篠田ハ本件ノ外ニ警察署ニ留置セラレタルコト三回ナルモ上告人ハ一回保護留置セラレタルノミナリ且ツ本件ニ付テハ上告人ハ被害者ト示談濟ナレトモ篠田ハ金品取得ノ侭今日ニ至ルナイフヲ示シタル差異アレトモ篠田ハ不起訴上告人ハ拘禁滿十ケ月ノ後更ニ実刑一年トハ餘リニ酷ニ失シ正義公平ヲ原則トスル裁判ノ精神ニ反スルモノト謂ハサルヲ得ス、八、上告人ハ目下定職ヲ有シ誠実ニ勤務シ居ルモノナリ、保釋後上告人ハ実兄清次ノ勤務先ナル進駐軍自動車学校ノ料理人ニ雇ハレ毎日清次ト共ニ通勤シ家計ヲ助ケ改悛ノ情顕著ナリ、九、本件ハ昭和二十一年十一月三日即新憲法公布ニ基ク恩赦令施行日以前ノ犯行タリシヲ以テ其ノ量刑ニ相當ノ酌量可然モノナリ、敗戰ニヨリ我カ国民ハ放心状態トナリ次テ襲ヒ來タル極度ノ經濟不安ノ爲混迷シ前途暗澹程度ノ差コソアレ等シク心神毛弱ノ状態ニ陥入リタルモ新憲法ノ公布ニヨリ前途ニ漸ク光明ヲ認メ落付キヲ取戻シ始メタリト謂フヲ得ヘク從テ新憲法公布前ノ犯行ニ對シテハ酌量スヘキモノ多々アリ恩赦令ノ施行ハ正ニ其ノ救濟ヲ爲シタルモノニシテ感謝ニ堪ヘサルナリ本件ハ當時法網ノ弛緩甚シク第三国人ニ對シ我カ刑事法規ヲ適用シ得ルヤ否ヤスラ判明セス警察署ノ威力地ニ落チ極メテ不安ノ世相タリシ昭和二十一年十二月二十一日ノ犯行ニシテ且前敍ノ如キ酌量スヘキ幾多ノ情状アルヲ以テ本件ノ量刑ニハ相當ノ酌量可燃キモノト思料ス上告人ハ未タ本年二十五歳ノ前途アル青年ナリ本件ハ前敍諸般ノ事情ニ鑑ミ上告人ニ對スル刑ノ執行ハ之ヲ猶豫シ以テ再起奮勵ノ決意ヲ完フスル機會ヲ與フヘカリシナリ然ルニ原審カ事茲ニ出テスシテ上告人ニ実刑ヲ言渡シタルハ量刑酷ニ失スル不當ノ裁判ニシテ判決ハ破毀ヲ免レサルモノト信ス。と云うのであるが、

論旨第一點は結局原判決の事実認定に對する非難であり、論旨第二點は原判決の量刑の不當を鳴らすものであるから、いずれも、日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第十三條第二項の規定によって適法な上告の理由とするわけにいかないので各論旨は理由なきものと云ふの外ない。

以上の理由により刑事訴訟法第四百四十六條の規定に則り主文の如く判決する。

この裁判は裁判官の全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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